2026年2月27日
【令和8年4月施行】 被扶養者認定の見直しで変わる企業実務のポイント
テーマ1 被扶養者認定とは
テーマ2 令和8年4月からの改正点―「実績重視」から「契約重視」へ―
テーマ3 被扶養者認定改正への企業の対応と注意点
令和8年4月1日から、「被扶養者認定」に関する制度改正が施行されます。今回の改正は、被扶養者認定の考え方や運用について一定の整理を図るものであり、企業の人事・労務管理実務にも影響がおよびます。
企業が円滑に対応するための実務的な視点から、制度改正の概要と対応ポイントを整理し、ご説明いたします。
・・・テーマ1:被扶養者認定とは・・・
令和8年4月から始まる「子ども・子育て支援金」による人件費(企業負担の社会保険料)の増加と、その対策などについてお伝えしました。人件費の負担が増す一方で、国は「働きたい人が制限なく働ける環境」を整えるための施策を次々と打ち出しています。その中核となるのが、令和8年4月から施行される「被扶養者認定ルールの大幅な見直し」です。
この改正は、パート従業員が「年収の壁」を気にして就業調整を行う「働き控え」を解消することを大きな目的としています。まずは実務の前提となる「被扶養者認定」の基礎知識を整理し、何が変わるのかを正しく理解していきましょう。
■ 1.被扶養者認定の基本ルール
健康保険における「被扶養者」とは、会社員などの被保険者に主として生計を維持されている家族を指します。被扶養者として認定されると、自身で保険料を負担することなく医療給付などのサービスを受けることができます。この認定の可否を決める最大の基準が「年間収入」であり、一般的に「年収の壁(130万円の壁)」の一つとして知られています。
対象者の状況によって、以下の3つの基準が存在します。
【原則】年間収入130万円未満:最も一般的なパート従業員や配偶者に適用される基準です。
【若年層の特例】年間収入150万円未満(19歳以上23歳未満が対象。被保険者の配偶者を除く):少子化対策の一環として、令和7年10月より「特定扶養親族」の年齢層に合わせて基準が緩和されました。学生アルバイトなどが、就業調整をせず、より柔軟に働けるよう設計されています。
【高齢者・障害者の特例】年間収入180万円未満:60歳以上の方や、障害厚生年金を受けられる程度の障害を持つ方の基準です。
■ 2.実務上の落とし穴:「収入」と「所得」は違う
経営者や人事担当者の方が最も注意すべきことは、社会保険上の「収入」の定義です。税金計算(税法)上の「所得(経費を引いた後の金額)」と混同されやすいのですが、社会保険(健康保険法)では以下のとおり、非常に広い範囲を収入として扱います。
✓ 交通費(通勤手当)は「含める」
税金計算では非課税となる枠内の交通費も、社会保険の扶養判定では「全額収入」としてカウントされます。時給が低くても、遠方から通勤している方は交通費を足すと130万円を超えてしまうケースが多いため、認定時の盲点となります。
✓ 賞与・諸手当も「すべて含める」
基本給だけでなく、令和8年3月までは賞与、残業代などもすべて合算されます。
✓ 非給与収入も合算される
遺族年金や障害年金、失業給付(基本手当)なども、継続的な収入として判定の対象に含まれます。
■ 3.「生計維持関係」の2分の1ルール
単に本人の収入が130万円未満であれば良いわけではありません。被扶養者として認められるには、収入が130万円未満であると同時に「被保険者の収入の2分の1未満(同居の場合)」であり、かつ主としてその被保険者に養われている実態が必要です。例えば、共働き夫婦が子どもをどちらの扶養に入れるか判断する際は、将来の収入見込みが多い方の扶養とするのが原則となります。
■ 4.これまでの「見込み」運用の限界
これまでは、これら全ての収入を「今後1年間の見込み」という曖昧な基準で判定していました。そのため、「直近3ヶ月の給与がたまたま多かっただけで扶養から外された」といった保険者ごとの運用のばらつきが、従業員の「働き控え」を招く一因となっていました。
この「実績重視」の不安定な運用を打破し、「労働契約(雇用契約)」という確かな書面を基準に変えるのが、令和8年4月からの大改正です。
■ 5.【補足】「106万円の壁」との関係
2026年3月現在、パート・アルバイト等の勤務先が従業員数51人以上の企業である場合は、月額賃金8.8万円以上(年換算106万円以上)などの要件を満たすと、勤務先の社会保険に加入する「106万円の壁」が適用されます。この基準に該当すれば、130万円に達する前に本人が被保険者となるため、実務上、51人以上の企業では「130万円の壁」を意識する場面は少なくなります。
ただし、以下のケースでは引き続き「130万円の壁(扶養)」の判定が重要となります。
・労働時間が短い場合:週の所定労働時間が20時間未満であれば、106万円の基準には該当しませんが、他の収入(副業等)を含めて130万円を超えれば扶養を外れます。
・「交通費」の取り扱いの違い:106万円の判定では交通費を除外しますが、130万円の判定では交通費を含めます。そのため、「給与は月8.8万円未満だが、交通費を足すと130万円(月額約10.8万円)を超える」といった方は、自社加入はせずとも扶養から外れることになります。
なお、この企業規模要件(51人以上)は、2027年10月以降、段階的な撤廃・縮小が決定しています。数年後には企業規模に関わらず「週20時間以上」の労働で社会保険加入となる可能性があるため、今後を見据えた雇用管理が求められます。

・・・テーマ2:令和8年4月からの改正点―「実績重視」から「契約重視」へ―・・・
令和8年4月1日から、年間収入の判定は「過去の実績」ではなく、「労働契約(雇用契約)の内容」に基づいて行われる運用へ一本化されます。
これまでは、認定対象者の過去の収入やその時点の状況から、保険者が「今後1年間にいくら稼ぐか」を個別に予測して判定していました。しかし、この方法では保険者(健康保険組合など)ごとに判断が分かれることがあり、従業員にとっては「いくらまでなら扶養内で働けるのか」という確証が持てないという問題がありました。
新ルールでは、労働条件通知書や雇用契約書に記載された時給・所定労働時間・所定労働日数から算出される年間収入を「正解」として扱います。これにより、働き始める前から扶養の可否が確定し、制度の「予見可能性」が劇的に向上することになります。
■ 1.なぜ、今この改正が行われるのか
この改正の背景には、深刻化する「人手不足」があります。政府は、パート従業員が社会保険料の負担を避けるために労働時間を抑える「年収の壁」問題を、日本の経済成長を阻害する大きな要因と捉えています。今回の改正は、企業にとっては「繁忙期に従業員の戦力を最大限に活用できる」ようになり、従業員にとっては「残業代を気にせず柔軟に働ける」ようになるという、双方にとって、「壁」を取り払うための強力な後押しと言えます 。
■ 2.残業代(時間外手当)の画期的な取り扱い
多くの経営者やパート従業員にとって、今回の改正で最も恩恵が大きいのが「時間外手当(残業代)」の扱いです。これまでの実務では、残業代もすべて合算して「130万円」を1円でも超えれば扶養から外れるのが原則でした。そのため、繁忙期に会社が「もっと入ってほしい」と頼んでも、従業員が「扶養を外れたくないから」と断らざるを得ない就業調整が発生していました。
改正後は、「労働契約に明確な規定がなく、契約段階で見込みにくい時間外労働の賃金」は、原則として年間収入に含めない方向で整理されます。つまり、労働条件通知書などで130万円(または150万円)未満に収まっていれば、突発的な残業や一時的な多忙によって結果的に基準額を超えてしまったとしても、社会通念上妥当な範囲内であれば扶養を外れることはありません。
■ 3.注意が必要な「経常的な残業
ただし、何でも除外できるわけではない点に注意が必要です。労働条件通知書などには書かれていなくても、実態として毎月一定の残業が「常態化」しているような場合、それは実質的な契約内容の一部とみなされ、判定に含めるべきとされる可能性があります。あくまで「一時的・突発的な増収」を救済する仕組みであることを理解しておく必要があるでしょう。
■ 4.手続きの流れと必要書類の変化
この「契約ベース判定」を適用するためには、保険者に対して以下の書類を提出することが実務上の標準となります。
・労働条件通知書(または雇用契約書)の写し:時給や所定労働時間が明記されているもの。
・給与収入のみである旨の申立書:副業や他の収入がないことを本人が証明するもの。契約内容がそのまま認定の根拠となるため、企業側には「労働条件通知書や雇用契約書の正確な作成」と「適切な保管」がこれまで以上に厳格に求められるようになります。
・・・テーマ3 被扶養者認定改正への企業の対応と注意点・・・
テーマ3では、現場担当者が押さえるべき重要ポイントおよび実務のアクションについてご説明いたします。
■ 1.実務のステップ:書面化と申立て
改正後は、以下の手続きが標準となります。
・契約の書面化:時給アップや契約更新の都度、労働条件通知書(または労働条件変更通知書)を発行・保管してください。
・給与のみの申立て:本人から「給与収入のみである(副業や年金がない)」旨の申立てを受ける必要があります。
【実務のアクション】
認定の根拠が「契約内容」に一本化されるため、口頭による時給改定や契約条件の変更では、認定が受けられないおそれがあります。賃金や労働条件を変更する際は、その都度、労働条件変更通知書の交付や雇用契約書の再締結を行い、客観的なエビデンスを確実に保管する運用体制を整備しましょう。
■ 2.Q&Aに基づく「安心材料」の活用
厚生労働省のQ&Aでは、以下の柔軟な解釈が示されています。
・賞与の扱い:契約書に具体的な金額の定めがない賞与は、判定に含めなくてよいとされています。これにより、会社の業績が良く決算賞与を出したことで従業員が扶養から外れてしまうといった心配も軽減されます。
・超過時の免責:突発的な増収で結果的に130万円を超えても、社会通念上妥当な範囲内であれば扶養取消は不要です。
■ 3.「副業リスク」と「交通費の二重基準」への最終チェック
本改正を実務に適用する際、特に間違いやすく、かつリスクが高いのが以下の2点です。改めて自社の運用を点検してください。
・副業の罠:副業(事業・不動産など)がある方は、新ルール(契約判定)の対象外となり、従来通りの厳しい実績判定となります。
【実務のアクション】
本人から「給与収入のみである」旨の申立て(届書への記載など)を受けることが必須となります。副業を隠して新ルールを適用し、後に発覚して扶養が取り消された場合、過去に遡って医療費の返還を求められるなどの甚大なトラブルに発展します。会社としては、将来的な社会保険加入範囲の拡大とあわせて、従業員に「正しく申告し、正しく加入する」ことの重要性を今のうちから伝えておくことが、遡及取消などのトラブルを防ぐ最大のリスクヘッジとなります。
・交通費の二重基準:「130万円の壁(扶養判定)」は交通費を含みますが、51人以上の企業の「106万円の壁(自社加入)」判定では交通費を「含めない」ため注意が必要です。
【実務のアクション】
「時給×時間」の計算では130万円以下でも、交通費を足すと扶養を外れてしまうケースが多発します。今回の改正で主役となる労働条件通知書などを作成する際は、特にご注意ください。
■4.2027年以降の「全員加入時代」への意識共有
今回の改正は就業調整を緩和しますが、並行して「106万円の壁(自社加入)」の「企業規模要件の撤廃(2035年までに1人以上へ)」も進んでいます。今回の「契約の明確化」を機に、将来的に自社の社保に加入して保障を厚くする働き方への移行を、従業員と話し合うきっかけにしてください。
■おわりに:システムによる履歴管理の重要性
今後は、保険者(健康保険組合等)による被扶養者の資格確認(検認)において、労働条件通知書などの書類の提示を求められるケースが想定されます。いざという時に、「その時点での正確な契約内容」をスムーズに確認・提示できるよう、日頃から社内の書類管理体制を整えておくことが大切です。こうした備えが、手続上の不備による資格の遡及的な取消しを防ぐ有効な対策となります。
顧問契約をされているお客様で、ご不明な点がございましたら、お気軽に当事務所までお問い合わせください。
編集者:井上晴司
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