2026年1月5日
スポットワーク活用における労務管理のポイント
近年、人手不足を背景に、必要なときに必要な人材を短時間・単発で活用できる「スポットワーク」を導入する企業が急速に増えています。市場の拡大に伴い、労働契約の成立や企業側による一方的なキャンセルに関するトラブルも増加しました。これを受け、厚生労働省は2025年7月に労働契約の成立時期に関する見解を公表しました。業界団体であるスポットワーク協会も、その見解を踏まえた具体的な運用ルールを2025年9月より順次導入しています。
スポットワークを安全かつ適正に活用するためには、従来の雇用管理の常識とは異なる新しいルールを理解し、適切な社内体制を整えることが不可欠です。そこで今回は、制度の概要と実務上の留意点、社内整備のポイントをご説明します。

・・・テーマ1:スポットワークとは・・・
■短時間・単発で「必要な時」に「必要なだけ」人材を確保する新しい仕組み
スポットワーク(スキマバイト)とは、主にスマートフォンアプリなどのオンラインプラットフォームを通じて求人募集から採用までを行い、労働者が短時間(数時間~一日程度)かつ単発で就労する形態を指します。これは、従来のアルバイトやパートタイムのように継続的な雇用関係を結ばず、特定の業務・労働時間に対して個別に雇用契約を締結するのが大きな特徴です。
■活用が広がる背景と企業側のメリット
スポットワークが急速に普及している背景には、少子高齢化による慢性的な人手不足と、働き手側の「スキマ時間を有効活用したい」「さまざまな仕事にチャレンジしたい」というニーズの高まりがあります。
企業にとって、スポットワークを活用する大きなメリットとして、“高い柔軟性”と“コストの最適化”が挙げられます。
① 急な欠員や波動への対応
当日や直前の欠員発生時、あるいは天候やイベントによる急な業務量の増加に対し、迅速かつ柔軟に労働力を確保できます。
② 人件費の変動費化
固定費として人員を抱えることなく、必要な時間や時期(繁忙期、セール期間など)だけ人件費を支出できるため、経営効率を高めることが可能です。
③ 採用・管理コストの削減
プラットフォームが求人掲載や選考、給与計算の一部を代行してくれるため、従来の採用活動(面接、書類選考、募集広告費など)にかかる時間的・金銭的なコストを大幅に削減できます。これらのメリットは、特に人手の確保が難しく、かつ業務量に繁閑の波が大きい中小企業や店舗経営者にとって、大きな経営上の武器となるでしょう。
■スポットワークの具体的な活用事例
スポットワーカーが活躍する現場は多岐にわたりますが、主に専門知識が不要で、短時間で完結できる業務が中心です。
・飲食・小売業
繁忙時間帯(ランチ・ディナータイム)のホールやキッチン補助、商品の陳列・棚卸し、レジ業務。
・物流・製造業
倉庫内でのピッキング、梱包、仕分け作業、イベント前の商品の積み込み作業。
・イベント・サービス業
イベント会場の設営・撤去、受付、会場案内、アンケート配布。
・オフィス・その他
事務所の軽清掃、DMの封入・発送作業、データ入力など。
季節的な繁忙や突発的な業務に、必要な時間帯だけピンポイントで活用できるため、「この数時間だけ」といった細かなニーズにも対応可能です。
■労務管理の大前提
ここで確認しておきたいのは、「スポットワーカー」は、外部のフリーランスや業務委託契約者ではなく、企業と雇用契約を結んだ「労働者」であるという点です。そのため、スポットワークを安全かつ適正に活用するためには、労働基準法をはじめとする各種労働法規を遵守し、通常の労働者と同様の労務管理を行うことが大前提となります。次のテーマ2からは、この労務管理上の留意点について詳しく見ていきます。
・・・テーマ2:スポットワークにおける労務管理上の留意点・・・
スポットワークで特にトラブルになりやすく、2025年のルール改正で対応が求められている主要なポイントを解説します。
■1.【最重要】労働契約成立のタイミングと「直前キャンセル」の制限
2025年7月の厚生労働省の見解により、面接等を経ない求人では原則として、企業が掲載した求人に「労働者が応募した時点で労働契約が成立する」ものと解釈されることが明確になりました。これを受け、多くのプラットフォームでは2025年9月より「解約権留保付労働契約(企業とスポットワーカーの双方がキャンセルする権利(=契約を解約する権利)を持つ労働契約」の運用に移行しています。
① 契約成立の認識を共有
企業の求人掲載が「労働契約の申し込み」となり、スポットワーカーの応募が「承諾」にあたると認識し、企業と労働者双方で成立時期の認識を共有する必要があります。
② キャンセルに関するルールの厳格化の周知
前記①に伴い、キャンセルは「労働契約の解約」にあたります。
天災や長期療養、資格不足など“8項目の合理的理由”がない限り、就労時間の直前(就労開始24時間前以内)に企業都合によるキャンセルはできません。この制限に違反した場合、休業手当の支払い義務が発生するリスクがありますので、周知を行いましょう。
■2.企業側の責に帰す休業と休業手当のリスク
契約が成立した後で、「人が足りた」「売上が下がった」「予定が変わった」といった企業側の都合(使用者側に帰すべき事由)により労働者を休業(丸一日の休業または早上がり)させた場合、労働基準法第26条に基づき、企業はスポットワーカーに休業手当を支払う義務が発生します。
① 休業手当の金額の確認
キャンセルを行う際は、休業手当を支払う必要があるかよく確認しましょう。なお、休業手当の金額は、原則として平均1日あたりの賃金の60%以上ですが、実務上は「その日に約束した賃金を全額支払う」ことで差し支えありません。
② 安易なキャンセルの回避
安易なキャンセルは、予期せぬコスト発生リスクとなるだけでなく、スポットワーカーの信頼を失うことになるため厳格な管理が必要です。
【重要】直前キャンセルと巨額訴訟のリスク
企業都合による直前のキャンセル(ドタキャン)は、休業手当の支払い義務が生じるだけでなく、同様の被害を受けたスポットワーカーが集団で提訴した場合、数億〜数百億円規模の未払い賃金訴訟に発展するリスクが業界内で指摘されています。企業イメージの毀損と、予期せぬ巨額の支払いを避けるためにも、「キャンセルに関するルールの厳格化の周知(テーマ2■1②)」と「全キャンセル事案の把握」が急務です。
■3.労働条件の「個別」明示義務とミスマッチ防止
「労働条件通知書の交付」は企業の義務であり、未然にトラブルを防ぐための土台です。
① 具体的な明示の徹底
賃金、労働時間、就業場所だけでなく、「求人内容と実際の業務が違った」というトラブルが多発しているため、業務内容を具体的に明示することが不可欠です。
② 交付責任の所在の意識
スポットワーク仲介事業者が労働条件通知書の交付を代行してくれる場合でも、最終的な交付義務は企業にあります。交付が確実にされているか、その内容が適切であるかを必ず確認しましょう。もし、仲介事業者から交付されていない場合には、企業から交付する必要があります。
■4.労働時間・賃金管理の徹底(1分単位、準備・待機時間)
スポットワークは短時間であっても、労働時間に関する法令が全て適用されます。
① 労働時間の定義の明確化
労働時間を「実際に働いた時間だけ」と考えるのは誤りです。着用を義務付けた制服への着替え、業務に関連した後始末(掃除等)、指示された待機時間(手待時間)は、全て労働時間に算入し、賃金を支払う必要があります。
② 1分単位の記録と支払い
労働時間は原則1分単位で把握し、賃金を支払う義務があります。15分未満などの端数切り捨ては違法です。
③ 実際の労働時間の確認
スポットワーカーから予定と異なる労働時間による修正申請がなされた場合は、企業は速やかに確認し、労働時間を確定させ、賃金支払い管理の遅滞や未払い(労基法違反)を防止する必要があります。
【追加注意:副業ワーカーの割増賃金と裁判例】
スポットワーカーが他の事業所でも働いており、労働時間の合計が法定労働時間(原則1日8時間、週40時間)を超えた場合、後に労働契約が成立した企業が割増賃金を支払う義務を負います(労基法38条1項)。ただし、最近の裁判例では、企業側が他の事業所での労働時間を通算して法定労働時間を超えることを知らなかった場合、割増賃金の支払い義務を負わないとされた事例があります。トラブル回避と法令遵守のため、労働時間の通算ルールを理解し、副業ワーカーに対して申告を求めるなどの対策を講じることが賢明です。
■5.安全配慮義務とハラスメント対策の徹底
雇用期間や形態に関わらず、労働安全衛生法やハラスメント防止法に基づく措置は企業側の義務です。
① 労災保険適用の確認
スポットワーカーが通勤の途中または仕事中にケガをし、労災と認定された場合、企業の労災保険が適用され、スポットワーカーは労災保険給付を受けられます。なお、労災保険料は企業側の負担となります。
② 安全衛生教育の実施
労働安全衛生法等に基づき、機械等の危険性や作業手順などに関する安全衛生教育を、スポットワーカーに対して就業開始前に実施する義務があります。
③ ハラスメント対策
パワハラやセクハラ防止のため、スポットワーカーに対しても相談窓口や行為者への措置内容などを周知し、啓発措置を講じる必要があります。
以上、テーマ2の内容をふまえて、テーマ3では、スポットワークの安全・適正な運用に向けた社内体制整備についてご説明いたします。

・・・テーマ3 スポットワークの安全・適正な運用に向けた社内体制整備・・・
スポットワークは、企業が“直接”労働契約を締結する形態であり、労働関係法令の遵守義務を組織全体で果たすための「仕組み(体制)」を整備することが重要です。
■1.労働契約管理とリスク回避のための組織体制構築
「スポットワーク利用部署」と「管理部門」において、スポットワークの本質を理解し、一貫した運用ができる決裁・チェック体制を整備します。
✓ 法的責任の認識徹底と決裁プロセス
仲介事業者ではなく企業が直接雇用主であるという認識を徹底し、労基法等の遵守義務を負うことを周知します。特に、契約成立後のキャンセルについては、現場担当者による独断を禁止し、解約可能事由(8項目)に該当するかを判断するための管理部門の決裁プロセスを必須とします。
✓ 労働条件通知書の確実な交付体制
労働契約成立後、予定された就業開始前に、就業場所、業務内容、賃金など具体的な労働条件を書面などの方法で明示する手続きを確立します。
✓ 求人内容との齟齬防止体制
求人掲載内容と実際の労働条件通知書や就業内容に差異が生じないよう、掲載前のチェック体制を構築します。
■2.労働時間・賃金の厳格な把握と支払いルールの運用
トラブルが発生しやすい労働時間と賃金について、適正な支払いが行えるよう、正確な管理の運用ルールを導入します。
✓ 労働時間の算入範囲の統一運用
企業側の指示による準備行為や後始末、および待機を命じた時間は全て労働時間として扱い、賃金を支払うことを運用ルールとして定めます。
✓ 労働時間の速やかな確定手続き
予定と異なる実際の労働時間についてスポットワーカーから修正申請がなされた場合、速やかに確認し労働時間を確定させる手順を定めます。
✓ 賃金支払い管理ルールの厳格化
実際の労働時間に対する賃金を、労働条件通知書に記載された所定支払日までに支払うための管理体制を整備します。一方的な減額を避けるため、支払い承認プロセスも厳格化します。
■3.現場責任者への教育と安全衛生対策の実行
法令遵守の最前線に立つ現場責任者(マネージャー層)に対し、以下の重要事項について徹底した教育と実施体制を構築します。
✓ 契約・キャンセルの重大性の教育
現場の理解不足がトラブルの最大の原因となるため、「解約権留保付契約」の意味(テーマ2■1)と、企業都合の安易なキャンセルが休業手当に直結するリスクを認識させる教育を継続的に実施します。
✓ 安全衛生教育の実行
労働災害防止措置として、作業開始前に安全衛生教育を確実に実施し、その記録を保管するための体制を整備します。
✓ ハラスメント防止措置の構築
スポットワーカーを含めた全ての労働者に対し、相談窓口の設置や行為者への措置内容の周知等の各種措置を講じる実施体制を整備します。
スポットワークは、人手不足時代を乗り切るための強力なツールですが、その利便性の裏には、従来の雇用管理にはなかった新しいリスクが存在します。「単発」という理由で管理を怠ると、予期せぬトラブルや罰則につながりかねません。
今月号で解説した「解約権留保付労働契約」への対応は、2026年1月以降、スポットワーク運用における最重要課題となります。
編集者:井上晴司
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