2026年5月29日
カスタマーハラスメント(カスハラ)対策義務化を見据えた中小企業の対応指針
2026年10月1日から、改正「労働施策総合推進法」が施行され、すべての企業においてカスタマーハラスメント対策が義務化されます。顧客からの暴言や不当な要求に対しては、防止体制の構築や相談窓口の設置、対応マニュアルの整備などが求められ、従業員を保護する企業の責任が、より一層明確化されています。そこで今回は、本改正の概要や背景を整理しながら、中小企業が直面しやすい課題および実際に運用可能なカスタマーハラスメント対応の考え方やポイントについてご説明いたします。

・・・テーマ1 カスハラ対策義務化の概要と企業に求められる対応・・・
2025年3月11日に閣議決定された「労働施策総合推進法」などの改正法が、いよいよ2026年10月1日に施行されます。これにより、すべての企業に対してカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)を防止するための「雇用管理上必要な措置」を講じることが義務付けられます。
(1) 法律における「カスハラ」の定義
法改正に伴い、カスハラは以下の3つの要件を全て満たすものと定義されています。
① 顧客等の言動(顧客、取引先、施設利用者など)であること
② 業務の性質等に照らして「社会通念上許容される範囲を超えたもの」であること(不当な要求、暴言、脅迫、長時間の拘束など)
③ それにより「労働者の就業環境が害されること」(就業する上で看過できない程度の支障が生じること)
たとえ顧客の要求内容が正当なもの(商品の不具合への謝罪など)であっても、その「態度や手段」が社会通念を超えていれば「カスハラ」に該当する可能性があります。従業員を孤立させてメンタルを病ませてしまえば、顧客が正論を言っていた場合であっても企業の安全配慮義務違反を免れることができない点には注意が必要です。
加害者が顧客等の“社外の人間”であるという点を除けば、カスハラの本質はパワハラやセクハラと同じく、従業員に対する「人権侵害」に他なりません。それが性的な言動であれば「セクハラ」、優越的な関係を背景としたものであれば「パワハラ」にも該当し得ます。なお、カスハラの加害者となる「顧客等」には、既に契約のある取引先だけでなく、購入前の潜在的な顧客や、施設の近隣住民なども含まれます。業務に関連するあらゆる外部からの言動が対象になり得ると認識しておきましょう。また、派遣社員を雇用している企業について、派遣元だけでなく「派遣先(労働者派遣の役務の提供を受ける者)」も、自社の労働者と同様に措置を講じる義務がある点に留意しておきましょう。
(2) 企業が対策を求められる背景と「放置するリスク」とは
企業には、従業員の生命や身体の安全を守る「安全配慮義務」や、働きやすい環境を整える「職場環境配慮義務」があります(いずれも労働契約法第5条)。そのため、これらに対応しない場合、以下のようなリスクにつながります。
・ 多額の損害賠償リスク:カスハラを防ぐ体制を作らなかったり、事後のケアを怠ったりした結果、従業員がメンタル疾患等を引き起こした場合、安全配慮義務違反として企業が損害賠償責任を問われるリスクがあります。
・ 管理職(上司)の重い責任:現場の管理職や上司は事業主の義務を代行する「履行補助者」と見なされます。上司がカスハラ被害を見て見ぬふりをすることは企業の義務違反と直結するため、「自分には関係ない」は通用しません。
・ 労働局からの行政指導・是正勧告:企業が相談体制の整備や事後対応などの措置を講じていない場合、都道府県労働局から指導や是正勧告などの行政処分が行われる予定です。
(3)企業が講ずべき具体的な対応措置
厚生労働省の指針等に基づき、企業はリスクマネジメントの観点から「事前の準備」と「事後対応」の両面で体制を必ず整える必要があります。まずは概略でご説明します。
ア 事前の準備…予防と体制づくり
・方針の明確化と周知・啓発:カスハラには毅然と対応し労働者を保護するという基本方針を明確化し、管理監督者を含む従業員に周知します。あわせてポスター掲示等で顧客に対して啓発することも有効です。
・相談対応体制の整備:相談窓口は、既存のハラスメント窓口と一体運用するだけでなく、現場の状況に精通した「部署の上司」を最初の相談担当者として定める体制も認められています。事案の緊急性に応じて、柔軟な体制を構築しましょう。
・マニュアルやルールの策定:「一人で対応させない」「やり取りを録音・録画する」「悪質な場合は警察へ通報する」など具体的な対応手順をルール化し、定期的な研修を実施します。
・就業規則(またはハラスメント防止規程)の見直しと改定:今回の法改正に伴い、マニュアルの策定と併せて企業に求められています。常時10人以上の労働者を雇用する事業場では、就業規則を変更する際、労働者の過半数代表者の意見書を添付して労働基準監督署へ届け出る義務があります。2026年10月の施行に向け、余裕を持った就業規則のアップデートをお勧めいたします。詳細については、次項をご覧ください。
イ 事前の準備…就業規則の見直しと改定
就業規則には、主に以下の項目を追記・整備することが実務上重要です。
・不利益取扱いの禁止(必須):従業員がカスハラ被害を相談したことや、事実確認に協力したことを理由として、解雇や降格などの不利益な取扱いをしない旨を規定し、周知することが義務づけられます。
・企業の方針とハラスメントの禁止:企業としてカスハラから従業員を守る方針を明文化します。また、自社の従業員が顧客や他者に対してハラスメント(パワハラやセクハラを含むあらゆるハラスメント)の加害者とならないよう、服務規律に「ハラスメントの禁止」を明記します。
・懲戒事由の整備(実務上の推奨):自社の従業員が他社の社員や顧客に対してカスハラを行った際の懲戒について、厚生労働省のQ&A(令和8年4月公表)では、既存の「信用失墜行為」や「服務規律違反」の規定で対応可能な場合は、必ずしもカスハラ独自の規定を設ける必要はないとされています。しかし、現場の混乱を防ぎ、処分の正当性を客観的に担保するためには、カスハラを懲戒事由として具体的に明文化しておくことが強く推奨されます。これにより、従業員に「加害者にもなり得る」という自覚を促し、組織全体の抑止力を高めることができます。
ウ 事後対応(トラブル発生時の対応)
・事実関係の迅速かつ正確な確認:トラブル時は即座にカスハラと断定せず、顧客の言い分も聞いた上で客観的な事実関係を正確に把握します。
・被害者への配慮とメンタルケア:現場では担当者を交代させるなどの安全確保を行い、事後には被害を受けた従業員のメンタルケアを必ず実施します。なお、カスハラに該当するか微妙なものでも、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにします。
・再発防止策の実施:自社の接客対応や説明不足に原因がなかったかを検証し、必要に応じてサービス品質の改善や従業員の再教育を行います。
・プライバシー保護と不利益取扱いの禁止:相談者のプライバシーを保護し、相談したこと等を理由とする解雇や降格等の不利益な取扱いを禁止します。

・・・テーマ2 中小企業で起こりやすいカスハラ対策の失敗パターン・・・
テーマ2では、中小企業がカスハラ対応において陥りがちな「失敗パターン」を5つご説明いたします。
■失敗パターン1.現場の担当者に丸投げし、孤立させる(ルールの不在)
・マニュアルや報告体制がない:カスハラ行為が起きた際の対応手順(マニュアル)や事前の相談・報告体制が整備されておらず、現場の従業員に一人で対応させてしまうケースです。
・「従業員のミス」を理由に責任を押し付ける:トラブルの発端が従業員のミスであった場合、「お前が怒らせたのだから、自分で対応しろ」と現場に丸投げしてしまうのは大きな失敗です。原因が何であれ、強いストレスを受けるであろう従業員を一人にしてはいけません。
■失敗パターン2.管理職(上司)の「見て見ぬふり」と無関心
・上司が介入しない:クレームやカスハラが発生している現場で、上司や管理職が詳細を把握しようとせず、担当者を交代するなどの適切な介入を行わないパターンです。
・企業の責任に直結する:現場の管理職は事業主の「履行補助者」とみなされるため、上司がカスハラを“見て見ぬふり”をすることは、企業としての安全配慮義務違反(損害賠償責任)に直結する大きなリスクとなります。
■失敗パターン3.事実確認を怠る「誤った初期対応」
・とりあえず従業員に謝らせる:トラブル発生時に、客観的な事実関係(録音や双方の言い分)を確認する前に、その場を収めるために「とりあえずお客様に謝れ」と従業員に指示してしまう最悪のパターンです。
・即座に「カスハラだ」と断定する:その一方で、従業員の報告だけを聞いて即座に「カスハラだ」と決めつけるのも危険です。トラブルの根本原因が自社の接客態度の悪さや説明不足にあるケースも少なくないため、客観的な事実確認が必要不可欠です。自社の非を検証することも、再発防止の第一歩に繋がります。
■失敗パターン4.「グレーゾーン」の放置とメンタルケアの欠如
・「カスハラではない」と切り捨てる:明確な暴言や暴力ではない、ネチネチとした嫌味や不愉快な言い方などの黒とも言い切れない「グレーゾーン」の言動を受けた従業員に対し、「法的なカスハラの基準を満たしていないから」と放置してしまうケースです。
・ケアを怠ると多額の賠償リスクも:グレーゾーンの言動であっても従業員はメンタルを病むことがあります。アフターケアや配置転換の検討などを怠った結果、安全配慮義務違反として企業に多額の賠償が命じられる可能性もあります。
■失敗パターン5.既存のハラスメント窓口への「そのまま兼務」
・社内向け窓口では対応しきれない:カスハラ対策の相談窓口を、既存の「パワハラ・セクハラ相談窓口(人事部など)」にそのまま兼任させてしまう失敗です。
・加害者が「社外(顧客)」であることの弊害:社内の人間関係を前提とした既存の窓口では、現場で今まさに騒いでいる顧客に対して迅速な介入ができません。また、顧客に対しては人事上の処分ができないため、上司へのエスカレーションや警察・弁護士との連携など、カスハラ特有の対応体制を別途構築する必要があります。

・・・テーマ3 少人数でも対応できる「現実的な対カスハラ運用の作り方」・・・
■ステップ1:ツールを活用した「防波堤」の構築(予防と証拠保全)
少人数で対応にあたる場合、まずは相手の過剰な言動を牽制し、同時に客観的な証拠を残せる「ツール」を活用して従業員を守る防波堤を作ります。
・ポスター等での方針明示:店頭や自社サイトの目立つ場所に「カスハラに対する対応方針」を掲示し、事前に牽制します。
・録音・録画機器(防犯カメラ等)の導入:「録音・録画を実施している」と明示することで抑止効果が高まります。また、トラブル発生時に「言った・言わない」の水掛け論を防ぎ、少人数でも事実関係を正確に把握するための強力な証拠となります。なお、録音・録画を行う際は、あらかじめ自社のホームページやプライバシーポリシー等に「カスハラの事実確認に使用する場合がある」旨を明記(公表)しておく必要があります。これにより、その場で顧客の同意を得ていない場合でも、適切な事実確認に活用しやすくなります。
・名札のイニシャル化・社員番号化:従業員がSNSで検索され、つきまとわれるなどの二次被害を防ぐため、名札をフルネームからイニシャルに、レシートの印字を社員番号に変更するなど、プライバシーを保護する運用を取り入れます。
■ステップ2:「一人で対応しない・抱え込まない」体制づくり
カスハラ対応の鉄則は「一人で対応させないこと」です。
・複数名対応と担当交代のルール化:悪質なクレームに発展しそうな場合は、決して一人で対応を続けず、すぐに上司や別のスタッフに交代するルールを徹底します。
・二段構えの対応:現場担当者は「(主観的に)怖いです」と伝え、交代した管理職は「(客観的に)貴方の行為はカスハラです」と通告します。この役割分担を明確にすることで、管理職が「履行補助者」としての責任を果たしやすくなります。
■ステップ3:「現場で即使える」シンプルで具体的なマニュアルの策定
分厚いマニュアルを読み込む余裕が現場にはないため、具体的かつ直感的に判断できるシンプルなルール(基準)を定めます。
・NGワードと対応フレーズのリスト化:「死ね」「殺すぞ」「土下座しろ」などのNGワードが一つでも出た場合は即座に対応を打ち切り、上司に代わるなどの明確な基準(カスハラ発言リスト(※1))を設けます。また、「これ以上はお答えできません」「上席に代わります」といった、現場ですぐに使える具体的な「お断りの文言集(トークスクリプト)(※2)」を用意しておくことが重要です。
・「時間」による対応打ち切りルールの設定:「同じやり取りが一定時間(例:30分)続いた場合」や「同じ内容の要求が繰り返された場合」は、従業員の判断で電話を切る、または退店を求めるといった客観的な基準をルール化し、現場の負担と迷いを軽減します。
■ステップ4:「外部の力」を頼るエスカレーション体制の構築
「外部機関との連携」は、多額のコストをかけずとも、以下の役割分担をマニュアル化するだけで中小企業でも十分に実践可能です。
・警察との連携…緊急ではないが被害の予兆がある段階で、警察相談専用電話「#9110」に相談し、その実績を記録に残すことで、企業としての安全配慮義務の履行を証明できます。また、悪質なケースが予想される際、事前に情報提供を行うことで、万が一の110番時の初動をスムーズにします。
・弁護士との連携(法的紛争の解決)…悪質な事案に対する警告文の発出や出入禁止措置など、対外的な法的措置が必要な場面で「スポット相談」を活用します。
・社労士との連携(組織防衛と従業員ケア)…就業規則の改定、被害を受けた従業員のメンタルヘルス対応や配置転換の助言など、日常的な労務管理の延長線上で「社外相談窓口」として活用します。
「どのタイミングで誰を頼るか」をあらかじめ定めておくだけで、現場担当者の孤立を防ぐ強力な抑止力となります。警察・弁護士・社労士を「自社の防衛パーツ」として組み込むことが、法改正後の安全配慮義務を果たすための最も現実的な解決策です。
・・・おわりに:従業員へ「企業が守る」というメッセージを・・・
少人数体制だからこそ、経営層や管理職が「従業員を守る」という姿勢を明確に言葉と行動で示すことが、従業員の安心感と生産性の向上に直結します。マニュアルの作成や窓口の設置を行ったら、必ず全従業員に周知し、定期的な確認を行いましょう。

(※1)【カスハラ発言リストの例】
判断基準を明確に文字に起こして従業員に周知することで、「何をカスハラと捉えるべきか」という現場の迷いがなくなり、「企業の方針に基づいて毅然と対応できる」という安心感につながります。
カスタマーハラスメント判断基準(例)
1.一発でカスハラと判断する発言
対応方針:即座に対応を打ち切り、上司等へ交代する。
判断基準
相手の生命、身体、財産等に危害を加える旨の脅迫や、極めて強い暴言は、一度でも発せられた時点でカスタマーハラスメント(または犯罪行為)と判断する。
具体例
- 「死ね」
- 「殺すぞ」
- 「お前殺すぞ、こら」
- 「家に火を付けるぞ」
- 「子供や家族を誘拐してやるぞ」
2.繰り返された場合にカスハラと判断する発言
判断基準
一度だけでは直ちに対応を打ち切ることが難しい場合でも、執拗に繰り返されることにより、従業員の就業環境を害すると判断される暴言や人格否定の発言をいう。
具体例
- 「あほ」
- 「お前じゃ話にならない」
- 「なめてんじゃねーぞ」
3.その他、社会通念上不相当とされる言動(行為)
判断基準
特定の言葉だけでなく、要求内容や言動の態様についても、社会通念上不相当なものはカスタマーハラスメントと判断する。
具体例
- 土下座の強要
- 「SNSやインターネット上に悪評を投稿するぞ」などのほのめかし
- 従業員の性的指向やジェンダーアイデンティティ等に関する侮辱的な言動
- 従業員のプライバシーに関する不当な要求
(※2)【現場ですぐに使える具体的な「お断りの文言集(トークスクリプト)」の例】
現場で対応に迷った際、そのまま口に出せるフレーズを用意しておくことが従業員を守るために非常に重要です。こうした具体的な文言集をマニュアル化し、「このフレーズを言ったら上司に代わってよい(電話を切ってよい)」という明確なルールを設定することで、従業員が安心して対応できるようになります。
編集者:井上晴司
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