2026年7月31日
同一労働同一賃金の徹底へ 労働条件通知書様式改正と中小企業の実務指針
2026年(令和8年)10月1日、パートタイム・有期雇用労働者を雇い入れる際に交付する「労働条件通知書」のルールが変更されます。実務担当者の方の中には、「またフォーマットが変わるのか」「新しい書式に差し替えれば済むだろう」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、今回の変更は単なる書式のアップデートではありません。国は、同一労働同一賃金ガイドラインに「多様な働き方を自由に選択できるようにし、我が国から『非正規』という言葉を一掃することを目指す」と明記しています。今回の改正はその実現に向けた大切な一手であり、中小企業に極めて大きな実務上のインパクトをもたらすものです。そこで今回は、労働条件通知書の変更内容や同一労働同一賃金の考え方を整理し、企業として具体的にどのような準備・対応を進めるべきかご説明いたします。
・・・テーマ1 10月様式変更の正体は「同一労働同一賃金」 厳格化される説明義務・・・
パート・有期雇用労働法(正式名称「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)第6条は、パートタイマーや契約社員といった非正規雇用労働者を雇い入れる際に、労働基準法の明示事項に加えて追加の事項を明示する義務を定めています。これまでも、「昇給」、「賞与」、「退職手当」の有無、そして相談窓口(苦情処理・相談のための窓口名・担当者職氏名)の4項目を文書で明示する義務がありましたが、2026年10月から、新たな明示事項が1つ追加されました。
(1) 労働条件通知書に追加される「重い一文」
今回の改正により雇入れ時の「労働条件明示事項」に新たに追加されたのが、「待遇の相違(内容・理由)等に関する説明を求めることができる旨」です。これに違反して明示を怠った場合、10万円以下の過料の対象となるため、確実な対応が求められます。
企業は、10月1日以降に使用する「労働条件通知書」や「雇用契約書」の雛形を更新し、次のような文言を追加する必要があります。
「次の窓口に対して通常の労働者との間の待遇の相違(内容・理由)等について説明を求めることができる。部署名:〇〇 担当者職氏名:〇〇 (連絡先 )」
この変更の狙いは、パートタイマーや契約社員といった非正規雇用労働者が「なぜ正社員と手当や賞与が違うのか」を会社に対して自発的に問いかけやすくすることにあります。雇入れの最初の段階で「会社に説明を求めてもよい」と権利を明確に伝えることで、待遇への疑問を持つ非正規雇用労働者が声を上げるきっかけを作ろうとしているのです。
(2) 待遇差に関する企業の「説明義務」が劇的に厳格化
2026年10月からの「労働条件通知書」の様式変更と同時に、「同一労働同一賃金ガイドライン」も改正され、待遇差に関する企業の「説明義務」が劇的に厳格化されます。これまで、パート労働者など非正規雇用労働者から待遇差について説明を求められた際、口頭で「あなたはパートだから」「正社員は将来の期待が違うから」と曖昧に伝えていた企業もあるかもしれません。
しかし、改正ガイドラインでは、説明方法は「資料を活用し、口頭により説明」または「説明事項を全て記載した分かりやすい資料の交付」のいずれかで行うことが明確化されました。あわせて、口頭で説明した場合でも、その際に使用した資料を労働者へ交付することが望ましいとされています。
さらに実務上最も注意する必要があるのは、十分な説明を行わなかった場合や、労働者の意向を無視して一方的に待遇を決定した場合、その事実そのものが、万が一裁判等になった際に「待遇差が不合理(違法)であることを裏付ける事情」として、企業側に極めて不利に考慮されると明記されたことです。つまり、「きちんと説明義務を果たしていないこと」自体が、未払い賃金や損害賠償を巡るトラブルにおいて、会社の致命的な敗因になり得るという強力なペナルティが課されたのです。
(3) 労働条件通知書を新しい様式に変えることはスタートライン
国は「同一労働同一賃金」という理想を掲げていますが、多くの中小企業の本音は「人件費を抑えたい」「正社員の待遇は守りたい」というところにあるでしょう。ですが、今回の改正により、そうした企業側の都合だけで安易に待遇差を設けることは許されなくなりました。
10月以降、企業は「なぜこの待遇を設けているのか」「その手当の目的は非正規社員には本当に当てはまらないのか」を客観的な実態に基づいて論理的に説明する必要があります。論理的に説明できない(=不合理な)待遇差がある場合には、非正規社員の待遇の引き上げ(手当の支給、賞与の代替措置を設ける等)の必要も出てくるでしょう。
労働条件通知書を新しい様式に変えることは、あくまでスタートラインです。真の対応とは、いつ非正規雇用労働者に説明を求められても堂々と客観的に回答できる「説明ロジック」と「比較表」を今のうちから準備しておくこととなります。
・・・テーマ2 待遇差の説明義務と、企業の現実的な課題・・・
10月以降、企業はパートタイム・有期雇用労働者等から待遇差について説明を求められた際、実態に基づき論理的に回答する責任を負います。しかし、多くの中小企業の現場では、法が求めるレベルの説明を行うにあたり、以下の4つの「現実的な課題」が立ちはだかっています。テーマ2では、企業の現実的な課題についてご説明いたします。
(1) これまで通用していた「魔法の言葉」が禁じ手になる
待遇差の理由を聞かれた際、「あなたはパートだから」「正社員は将来の幹部候補だから」といった主観的・抽象的な説明をしてきた企業がほとんどでしょう。しかし、改正ガイドラインでは、「将来の役割期待が異なるため」といった説明では不十分であることが明記されました。さらに、経営者がよく口にする「正社員としての職務を遂行しうる人材の確保やその定着を図るため」という目的(いわゆる「正社員人材確保論」)についても、それ“のみ”をもって待遇差を正当化することは明確に否定されました。
今後は、「正社員だから」という属性による説明は認められず、職務内容や責任の程度といった客観的な「実態」に基づいた説明が不可欠となります。
また、「うちは直接雇用ではなく、派遣社員(派遣労働者)を使っているだけだから自社の賃金制度は関係ない」という言い訳ももはや通用しません。最新の改正では、派遣労働者の公正な待遇を確保するため、派遣元だけでなく、受け入れ側である「派遣先」にも、自社の正社員の待遇情報の提供や、派遣料金についての配慮義務が強く求められています。
(2)「規程」と「実態」のズレという時限爆弾
いざ説明しようにも、就業規則や賃金規程に「なぜその待遇を設けているのか」という目的が書かれていない、あるいは実態が伴っていないケースが散見されます。
例えば、「転居を伴う配置転換の可能性があるから」と正社員にのみ住宅手当を出しているが、実際には過去数年間誰も転勤を命じられていないケースです。また、賞与の支給目的に「従業員の生活安定」等と記載があるのに、非正規雇用労働者には一切支給していないといった事態も危険です。こうした「規程と実態の乖離」は、説明を求められた際に最も痛いところを突かれ、不合理と判定される典型的な要因となります。
(3)「正社員の待遇を下げて解決」は許されない
待遇差をなくさなければならないなら、「非正規の賃金を上げる原資がないから、正社員の手当や賞与をカットして合わせよう」と考える経営者も少なくありません。しかし、ガイドラインでは、待遇差の解消に当たり「通常の労働者の労働条件を不利益に変更することなく、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の改善を図ることが求められる」と明記されました。
正社員の労働条件を不利益に変更する場合は「労働契約法」に基づき、原則として労使の合意等が必要であり、労使の合意なく正社員の待遇を引き下げることは望ましい対応とはいえないと強く釘を刺されています。あくまで非正規雇用労働者の「底上げ」が求められるため、経営陣は人件費(原資)の確保という重い課題に直面します。
(4)「誰も聞いてこないから大丈夫」のリスク
「わざわざ比較表など作らなくても、聞かれないから放置してよいだろう」というのが多くの企業の本音かもしれません。ですが、改正雇用管理指針では、労働者から説明を求められなかった場合であっても、労働契約の更新時などに待遇差に関する分かりやすい資料を自発的に交付したり、説明を求めることができる旨を周知したりすることが望ましいとされました。さらに、説明を求められたにもかかわらず十分な説明を行わなかった場合や、労働者の意向を無視して一方的に待遇を決定した場合には、その事実自体が裁判等で「待遇差が不合理であることを裏付ける事情(=会社にとって不利な証拠)」として極めて不利に考慮されうることが明記されました。
このように、もはや「適当にごまかす」「コストをかけずに下へ合わせる」「放置する」といった対応はすべて塞がれています。これからの企業には、各種待遇の性質・目的を明確にし、実態に伴った客観的な説明ロジックを再構築する「抜本的な制度見直し」が不可欠です。
さらに、この「放置リスク」は自社の直接雇用の従業員に留まりません。派遣労働者を受け入れている企業において、派遣会社(派遣元)から待遇確保のための派遣料金の交渉要請があるにもかかわらず、「適当にあしらっておけばいい」と一切交渉に応じないようなケースは、配慮義務を尽くしていないとして、労働局等からの行政指導の対象となり得ます。

・・テーマ3 社労士と整える、労働条件通知書と同一労働同一賃金対応の実務ステップ・・
10月施行の改正に合わせて更新された「モデル労働条件通知書」を見ると、「昇給」「賞与」「退職金」および「説明を求める窓口」の項目が網掛け(色付け)されています。労働条件の中で、非正規雇用労働者と正社員との間で最も格差がつきやすく、裁判等のトラブルになりやすいのが「昇給」「賞与」「退職金」の3項目です。これは、書き忘れると10万円以下の過料の対象になるという法的な注意喚起であると同時に、国からの「ここに『無し』と記載するのであれば、適当な言い訳ではなく、なぜ無いのかを労働者に堂々と説明できる論理と根拠(客観的な実態や代替措置)を、今のうちからしっかり検討して準備しておきなさい」というメッセージが込められているのです。この重いメッセージに対し、企業が単独で対応するのは極めてリスクが高いため、社労士などの専門家と連携し、以下の3つのステップで抜本的な制度見直しを進めることが解決の近道となります。
■ステップ1:全待遇の棚卸しと「目的の言語化」(再雇用者・派遣労働者・無期転換社員も含む)
まずは自社の現状を正しく把握することがスタートです。基本給、賞与、退職金、そして各種手当のすべてについて、正社員と非正規雇用労働者との間の支給の差を洗い出します。その上で、それぞれの待遇の「性質・目的(何のために支給しているのか)」を言語化し、就業規則の記載と実際の運用にズレがないかを厳しく点検します。基本給の差については、単なる身分差ではなく、業務の難易度や責任の重さを客観的にポイント化する「職務評価」の視点を取り入れることも有効です。
ここで盲点となりやすいのが、パート・契約社員だけでなく「定年後再雇用者」も同一労働同一賃金の対象に含まれるという点です。「年金が出るから」「退職金を受給しているから」という理由だけでの大幅な基本給減額は、最新の判例(令和8年 名古屋自動車学校事件・高裁差戻審)でも違法と判定されています。さらに今回の改正では、5年ルールで有期から転換した「無期転換社員」や、勤務地限定などの「多様な正社員」についても、新たにガイドラインの趣旨が考慮されるべきと明記されました。「無期契約になったから大丈夫」という油断は禁物であり、正社員との待遇差について改めて説明責任が生じます。
また、「2 待遇差の説明義務と、企業の現実的な課題」で触れたとおり、派遣労働者を受け入れている企業にとっても見直しは不可欠です。社内の思い込みを排し、社労士の客観的な視点を入れることで、自社の就業規則に潜む「不合理な差」だけでなく、派遣会社との間の待遇情報の提供内容や派遣料金の設定に至るまで、全方位でリスクを正確に洗い出します。
■ステップ2:不合理の是正と、適正な「過半数代表者」の選出
洗い出したリスク箇所について、客観的で合理的な説明ができない待遇差は是正を図ります。特に法的リスクの高い「賞与や退職金の完全ゼロ支給」については、少額であっても「定額一時金(寸志)」や「退職慰労金」といった均衡のとれた代替措置を新設します。加えて、最新ガイドラインで要件が明記された「家族手当」や「住宅手当」についても、「非正規だから一律不支給」といった運用を改め、相応の継続勤務や転勤の実態に基づいた支給要件へと就業規則や賃金規程の改定を行います。
この規程改定の際、企業が陥りやすい実務の落とし穴が「過半数代表者の選出」です。パートタイム労働者や有期雇用労働者に関する事項について就業規則を作成・変更する場合、管理監督者ではない「パート・有期雇用労働者の過半数代表者」を、会社からの指名ではなく「投票や挙手等の適切な手続き」で選出し、意見を聴くように努めなければなりません。事業主の意向で選出された代表者は無効となるため、こうした複雑な手続きも、社労士のサポートのもと法令遵守で確実に行うことが重要です。
■ステップ3:比較資料の作成・通知書の改訂と、助成金の活用
制度を整えたら、いざ労働者から説明を求められた際に提示できる「分かりやすい比較資料」を事前に作成します。併せて、雇入れ時の明示事項に「説明を求めることができる旨」と「相談窓口」を追加した、10月施行の新しい労働条件通知書へと改訂します。
前述の最新判例において、「誠実な労使交渉を欠いたこと」が会社側の致命的な敗因(加重要素)とされました。事前に比較資料を用意し、誠実に説明・交渉を行い、その記録を面談記録や議事録として文書で残すプロセスこそが最大の企業防衛策となります。
さらに、非正規雇用労働者の待遇底上げに伴う人件費の負担を軽減するため、国の「キャリアアップ助成金」を最大限に活用します。新たに賞与や退職金制度を導入した際の「賞与・退職金制度導入コース」や、基本給をベースアップする際の「賃金規定等改定コース」を利用します。特に、ステップ1で触れた「職務評価」の手法を用いて基本給を改定した場合には助成額が上乗せされる(職務評価加算)といったメリットもあります。社労士の支援により、「説明資料の作成・交渉・記録」という防衛策を講じつつ、助成金で手出しのコストを最小限に抑えながら新しい制度を運用させることが可能になります。
■おわりに
10月の労働条件通知書の様式変更、そして最新判例が示す判断基準の厳格化は、国からの「本気で同一労働同一賃金に対応せよ」という強いメッセージです。これを単なるコンプライアンスの重荷と捉えるのではなく、パートも再雇用者も含めた全社員が納得して長く働ける賃金制度へと進化させる絶好の機会として、今すぐ準備を始めることをお勧めします。

■最新法改正対応 パートタイム・有期雇用労働者 就業規則チェック表(改定案)
※自社の業種や支給実態(該当する手当の有無)に合わせて、必要な項目をチェック・点検してください。
賞与
正社員のような厳しい目標責任やペナルティがない非正規社員であっても、完全な「ゼロ支給」は裁判で不合理と判定されるリスクが極めて高いため、代替措置(寸志等)を制度化します。
退職金
退職金も賞与と同様に、完全ゼロ支給を回避するための防衛ラインとして、一定勤続年数を超えた者に対する慰労金制度を明記します。
就業規則の変更と過半数代表者
最新の雇用管理指針で義務化された「過半数代表者の適正な選出」「不利益取扱いの禁止」「事務遂行の配慮」を明文化し、手続上の瑕疵(無効)を防ぎます。
基本給
パートタイム・有期雇用労働者の基本給は、単なる身分差ではなく、担当する職務の内容(難易度や責任の重さ)、職務の成果等を客観的に評価した上で決定する旨を明記します。
無期転換社員・多様な正社員の待遇
【最新改正の死角】有期から無期転換したフルタイム労働者や、勤務地・職務限定正社員等についても、就業の実態に応じた「均衡考慮(ガイドラインの趣旨)」が明文化されました。「無期になったから関係ない」という油断は禁物であり、正社員との間に不合理な待遇差がないか、あらかじめ総点検する規定を整備します。
家族手当
ガイドライン新設項目です。「非正規だから一律不支給」ではなく、「契約更新を繰り返し継続勤務が見込まれるか」を支給要件とします。
住宅手当
転勤の有無で差をつける場合、「手当の支給目的」を明記しておくことが説明を求められた際の最強の盾になります(ただし、実態として転勤の実績があることが大前提です)。
無事故手当
「安全運転を奨励する」という目的は雇用形態で変わらないため、業務内容が同じなら同一支給とする旨を明記します。
病気休職・休暇中の給与保障
最新の最高裁判決を踏まえ、休職等の「付与」だけでなく、継続勤務が見込まれる場合の「休職・休暇期間中の給与の保障」についても同一とすることが追記されました。
夏季・冬季休暇
ガイドラインで新設された基準です。「パートだから夏休み・冬休みはない」という運用は違法となるため、正社員と同一の休暇を付与する規程にします(繁忙期限定の短期勤務者などを除く)。
福利厚生施設の利用条件
ガイドライン改正により、給食施設や更衣室等の利用そのものだけでなく、利用料金や割引率などの「利用条件」についても不合理な差を設けてはならないことが明確化されました。
永年勤続の褒賞
ガイドラインに新規追加された項目です。勤続という事実に対する報償であるため、雇用形態を理由に差をつけることは認められなくなりました。
編集者:井上晴司
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